22歳が見る、「今」のミャンマーとは vol.04

2016/12/10
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現在ミャンマーは民主化政策の実行からわずか数年にも関わらず、その変貌ぶりには驚くばかりで、日々急速にグローバル化しています。アジア最後のフロンティアとも呼ばれているミャンマーですが、日系企業が挑戦できるビジネスチャンスは果たしてあるのでしょうか。今回は22歳の私が実際に見たミャンマーの実情をご紹介します。

日系企業では勝てない理由がここにある

globy前回ご紹介したように、日本企業のミャンマー進出は失敗しています。今の日系企業には果たして何が足りないのでしょうか。一橋大学大学院でMBAを取得するなど、日本をもっとも良く知る若手ビジネスパーソンの一人、チョー社長はこう説明します。

~日本の対応は遅すぎる~「日本の対応について常々言うのは、対応が遅いということです。今、ヤンゴン南方にあるティラワ港を大型船舶が入れるように整備し、隣接して工業団地を造成して経済特区を作る巨大プロジェクトが動いています。そのプロジェクトが浮上した当時、ミャンマーとしては2013年中に着工したいと考えていました。

これに対して、日本企業はほぼ1年先の、2014年中の着工なら可能と回答してきました。このスピード感の差が問題なのです。他にも、ミャンマーの新空港運営は韓国企業が、そして携帯電話関連事業は中東のテレコム企業が、それぞれ受注しました。

目には見えない敗戦

上記の中に、日系企業の名前はどこにもありません。しかし現地に行けば、大手日系企業のオフィスはたくさんあります。結局のところ、いくら立派なオフィスを構えていても、日本人の知らないところで日本の大手企業も大きく苦戦を強いられているようです。

世界を相手に戦う中で、時には慎重になることは必要ですが、判断が遅く結局コンペで負けてしまっては本末転倒です。果たして、今後日系企業はどのようにしてこれらの問題を解決していくのでしょうか?

最後に余談ではありますが、チョー社長とは、実は10年前からの知り合いです。今回はオフィスやご自宅までご訪問させて頂き、ご家族とも記念写真を撮らせて頂きました。ちなみに奥さんも日本語が喋れます!(笑)

もしあなたもミャンマーについて、少しでも興味をもてたなら、是非いってみてください。もしかするとそこにはあなたにしかできないビジネスが存在しているかもしれません。

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チョーミンティン 
Kyaw Miとn Htin 1972年ヤンゴン生。
90年ヤンゴン大学入学、95年同大学卒業(国際関係学士)。
98年貿易会社設立。独学で日本語を学び、99年ミャンマー人で初の日本語検定1級合格者に。
2000年ミャンマーポールスタートラベル&ツアーズ設立。
02年シンガポールSHATECカレッジに留学、ホテルマネージメント論を学ぶ。
07年日本文科省ミャンマー国費留学生第一号として一橋大学大学院・国際企業戦略研究科へ留学。
08年経営学修士(MBA)取得後帰国。日本からの政府要人、国会議員等の通訳をつとめるほど、ミャンマーで屈指の日本語能力の持ち主。現在は同国で旅行業を核に、教育、貿易、不動産開発、中古車輸入などの会社を経営する傍ら、同国進出企業支援を行うコンサルティング会社「エイジアンユニティ」を設立。


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