衝撃の圧勝 ミャンマーの政権交代はなにを示すのか

2017/01/06
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2015年11月7日、私は選挙活動も佳境にさしかかり、日を追うごとにその勢いが増しているミャンマーのヤンゴンにいた。よく目に付くのはアウン・サン・スー・チー氏率いるNLD(国民民主連盟)の真っ赤な旗。人々はバイクに乗りながら旗をかかげ、そこには日本では見られない光景が広がっていた。そして8日に行われた選挙の結果はNLDの圧勝。マスコミは当然のようにスー・チー氏の勝利を報道し、民主化が進められると予測していた。しかしここではあえて一人の学生としてミャンマーの政権交代について述べたい。なぜならミャンマーの今後は日本にも大きな影響を与えうるからである。

圧勝の報道と現地との差

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投票前日の朝、私はシェエダゴン・パゴダというミャンマーで最も大きなパゴダ(仏塔)を訪れていた。人口全体の89%が仏教徒とその他135の民族が住むこの国ではブッダを神とし、崇拝するのが常となっている。

実際にどれほどの人々がブッダに手を合わせ、翌日に控える選挙を思ったかは定かではない。しかし、自国の平和を願う気持ちは同じはずである。私の友人は選挙について「スー・チー氏を応援するが、結果がどうなるかは分からない。」と語っていた。

マクロではNLDの優勢と見られていたが、現地レベルではどうなるかわからない、というのが現状であったのだろう。勝敗の行方は今まで政権を支えたUSDP(連邦団結発展党)か、新政権としてのNLDか、国の今後を左右する選挙に緊張は高まっていた。

軍事政権の功

世界のマスメディアではあたかも「正義のスー・チーvs悪役の軍事政権」のような構図に描かれている。さらにいえば、「NLDによって民主化が始まる」ともとれる内容の報道がされていた。しかしこれは大きな誤りである。

実際には軍部が政権を握り続っていた2011年、テイン・セイン大統領就任に伴い、政治犯の釈放、統制されていたメディアの自由化数多くの少数民族との停戦、そしてNLDの参加を認めた議会選挙などの民主化政策を打ち出していた。

特に軍部は民族との戦いの終結に大きく寄与したといえる。ミャンマーは少数民族が135もある特殊な国で、この民族との調和なしに民主化はありえないとまで言われていた。実際に2013年から少数民族の多く住む国境沿いにおいてタイ-ミャンマー間の一部の陸路移動が可能となっている。これは民族との紛争が治まってきていることを示しているのではないだろうか。

ミャンマーの今後と不安

政権交代によって新たな時代を迎えたミャンマー。これまで強行ながらも国の発展に寄与してきた軍事政権の撤退に代わり、新たな国づくりが求められている。

楽観してばかりもいられない・NLDは今まで政権で指揮をとったことがなく、経験不足は否めない。軍事政権時代は外交政策がうまくいかず、欧米から経済制裁をくらったが、「アジアの最貧国」と言われたこの国を大きく立て直したのもまた事実である。

なにより「民主化=善」という前提にもう一度目を向ける必要がある。民主化は本当に国を豊かにするのだろうか。この少数民族の多い国にあっていかに少数派の意見を取り入れていくのか、そのジレンマに政権が悩まされる可能性は極めて高いだろう。”アジアのラストフロンティア”の今後の動向に世界が注目している。
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参照:
ミャンマー経済で儲ける5つの真実 小原 祥嵩

記事作成:
酒井陽大(さかい ようだい)
横浜市立大学2年 2015年2月より5ヶ月間ベトナム・ホーチミンにて現地在住日本人向け情報サイトの営業・企画・編集の海外インターンを行う。

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